○市の施設で従軍慰安婦映画「息ずかい」を上映!
○誠意無い、戸塚区側の対応(抗議のやりとり)
○会場で配られた左翼グループのビラ
○過激な反日プロパガンダ映画「息づかい」


●従軍慰安婦に関しての正しい認識  (教科書が教えない歴史)
「従軍慰安婦」の虚構  (「歴史教科書の夜明け」 谷原茂生氏の論文を転載させて頂きます)
 第1に、当時日本では、売春は法律で禁止されておらず、娘を遊郭に売ることで親はその場の借金を返したり、生活費を稼ぐ手段にしていたという事実があります。これは朝鮮も内地も、台湾も事情は同じです。親に売られてつれて行かれた人もいるのですが、本人がそれを知らないケースも多かったことでしょう。現に、東南アジアでは今でも行われています。
 第2に、慰安婦は何も朝鮮人に限ったことではなく、日本人の慰安婦も数多くいたのです。漢口の慰安所は、朝鮮人百五十人に対し、内地人は百三十人もいました。筆者はかつて「近現代史の授業改革7 『従軍』慰安婦は中学生に教えるべき歴史事象か」で、慰安婦は全部で(それも日本人やビルマ人なども含めて『全部』で)せいぜい3~4万人いたかどうかだと推定しましたが、最近の秦郁彦日本大学教授の調べでは、それの半分の、1万数千人という結果がでました。國民新聞の平成10(1998)年10月25日から引用します。
「(前略)同教授によると、旧陸軍省の金原節三医事課長が陸軍省課長会議の要点を日記に残しており、昭和十七年九月の会議で恩賞課長が『将校以下の慰安施設』の設置数について「北支100、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400カ所と報告した記述がある。1カ所あたりの慰安婦数が10から20人だったことを考えると、総数は6000人ぐらい(筆者註、平均15人としての話)。
 慰安婦の出身地について、朝鮮が大多数を占めるとされてきたが、外務省・領事館警察の統計などの分析から、出身地別の割合は、日本内地から4割、中国、インドネシア、フィリピンなど現地が3割、朝鮮半島出身者が2割、その他、台湾人などが1割。
 この他、秦教授は『戦地慰安所の生活条件は平時の遊郭と同じレベルだった』『慰安婦の95%以上が生還した』『軍を含む官憲の組織的強制連行はなかった』『元慰安婦達への生活援護は他の戦争犠牲者より手厚い』などの事実が確認されたとしている(後略)」
 第3に、売春は非常に金になる商売であり、いわゆる「性奴隷」などと言えるものではなかったということです。毎日新聞には図らずもその事実が記載されたことがある。1992年5月22日の記事から引用します。
「第二次世界大戦中『従軍慰安婦』として強制連行されたミャンマー(旧ビルマ)で預けた軍事貯金の支払いを求めていた韓国・大邸市在住の文(ムン)(オクス)さん(68歳)が11日、山口県下関市の下関郵便局を訪れ、預けた貯金の原簿があったことが分かった。元従軍慰安婦による強制連行先での軍事郵便貯金原簿の存在を日本が認めたのは全国で初めて。
 局側は『1965年の日韓協定などで権利は消滅した』としているが、文さんは『個人の請求権は消滅していない。当時『日本人として』貯金した個人のお金だから直ちに返して』と訴えている。
 文さんは3月、過去を証言するために下関市や福岡市などの市民グループの招きで来日。当時、貯金の管轄郵便局だった下関郵便局に二度にわたって調査と支払いを求めていた。
 11日の午後3時過ぎ、同郵便局を三度目に訪れた文さんらに応対した竹村功・中国郵政局貯金部業務サービス課長(広島市)は最初、
『文玉珠、または文さんの日本名の文原吉子さん名の原簿はないが、類似したものがある』と回答。
 文さん側が『そんな回答では誠意がない』と直ちに再調査を求めたところ、郵便局側は三時間半後の六時半頃、原簿の保管先である熊本貯金事務センター(熊本市)に『文原玉珠』名の原簿があると回答。文さんの貯金と確認した。』原簿によると43年6月から45年9月まで12回の貯金の記録があり、残高は26,145円となっている。(後略)」(傍線部筆者、年は西暦、文玉珠の韓国語読みは漢韓辞典で調べるとムン・オクチュである。)
 実に、1943年から1945年までの間に彼女は日本軍人を相手に26,145円も稼いだのです。戦前、1,000円あれば日本では家を一軒建てることができたことを考えると、これはとんでもない収入です。また、戦争中は米価も軒並み高くなっていったのでこれらも勘案しても、彼女は約8000万円くらいを稼いでいた計算になるのです!仮に一ドルが100円だとして計算すると、約80万ドルを2年間で貯金したことになりますが、皆さん、これでも慰安婦は『搾取を受けた性奴隷』ですか?
 慰安婦については正確にはまだまだ言い足りないことがたくさんあるのですが、とにかく当時の日本の慰安婦の実態は、結局どこの国にもあったものとも変わらないし、どこの国の軍隊にもついてまわる『下の話』なので、あまり大袈裟には考えないで欲しいと思います。少なくとも、これ自体は全て現地調達などした国に比べれば、より道徳的だったのではないでしょうか。


   閉じる